RPL言語搭載電卓の歴史を書いてみます。完全な個人研究ですので悪しからず。
目次
1984年にヒューレット・パッカード社はRPL言語を開発したと言われています。
ただし、実用化されたのはその数年後ですので、プロトタイプ程度のものだった可能性はあります。
RPL言語には2種類あります。User RPL と System RPL です。
通常は User RPL のことをRPL言語と呼びます。User RPL言語はインタープリタ言語でした。
一方の System RPL は電卓のOSをアセンブリ言語で書くのが大変だったので、アセンブリ言語の代わりに開発された言語です。User RPLと違ってコンパイラ型言語です。文法も大幅に異なりますが、スタックベースで動作するのは共通のようです。
参考資料
RPLMan from Goodies Disk 4 :
http://www.hpcalc.org/details/1743
OSをRPL ( System RPL )で書かれた電卓はビジネス用電卓 HP-18C(1986年)が最初です。しかし、プログラミングはできませんでした。
しかも中置記法的でありながら変わった入力方式でした。
例えば、5×(2+3 まで入力したときに )ボタンを押すと、括弧の中身(2+3)の計算が始まって表示が5×5に変化するという変わった方式でした。
そのため、使用者はRPNやRPLの存在を感じなかったと思われます。
本機の場合、OSを書くのに System RPL言語を使ったというだけのようです。
参考ページ
HP-18C :
http://www.hpmuseum.org/hp18c.htm
最初にRPL (User RPL) 言語のプログラミングができる電卓はグラフ電卓
HP-28C
(1987年)でした。実質的にはこれが
最初の「RPL言語搭載電卓」
でした。
HP-28CはCAS(
数式処理システム
)を搭載した最初の電卓と思われます。フルキーボードを備えているため電卓上のプログラミングは後継機よりも楽だったでしょう。1988年には改良型HP-28Sも発売されました。
どちらも画面は白黒137×32画素と広いとは言えないものでした。
HP-28シリーズは外部入出力ができないためプログラムの外部保存は不可能という欠点もありました。
1990年からHP社は HP 48シリーズ の最初の機種HP 48SXを発売しました。HP-28シリーズの後継機種です。HP 48シリーズもRPNかつRPL言語を搭載しており、RPL言語搭載電卓の中では最も売れたシリーズです。HP-28シリーズになかった外部インターフェイスも追加され、シリアル通信と赤外線通信ができるようになりました。画面も大型化し、白黒131×64画素と2倍近くになりました。(何故か画面幅は6画素減った)
一方、テキサス・インスツルメンツ社(以下TI社)は同年の1990年に教育用グラフ電卓TI-81を発売し、教育用グラフ電卓の市場に先手を打ったのです。TI-81はTI社の最初のグラフ電卓でした。
1985年にCASIOが世界最初のグラフ電卓
fx-7000G
を発売し、1987年にHP社が HP-28C を発売した経緯からすると、TI社は明らかに後発でした。そのため、教育市場からグラフ電卓の発売を始めたのかもしれません。TI-81は後のTI-84 Plusシリーズに繋がり、グラフ電卓市場の独占に貢献することになります。もちろん、TI社のグラフ電卓はRPNではありません。
1995年にHP社も遅れて HP 38G を発売して教育用電卓に参入しました。その理由はよく分かりませんが、PCの普及などの理由でHP 48シリーズの売上が減ってきたのかもしれません。あるいはTI社が教育市場で成功しているのを見て参入を決めたのかもしれません。HP 38GはHP社の電卓なのにRPNもRPL言語も搭載していませんでした。HP社は教育関係者の意見を聞いた結果としてRPNの採用を見送りました。その後もHP 38Gは HP 39/40シリーズ へと発展していきましたが、商業的にはうまく行かなかったようです。
TI社は1995年に TI-92 、1998年には TI-89 という高性能グラフ電卓を発売し、教育用途ではないHP 48シリーズも追撃しました。特にTI-89シリーズは名機と言われており、2017年2月現在でもその改良版のTI-89 Titanium(2004年発売)が製造されています。TI社のグラフ電卓はRPNではありません。結局、消費者はRPNを選ばなかったのです。
1999年にHP社はHP 48シリーズの後継機種である HP 49G を発売しました。HP 49GはRPNとRPL言語を搭載していましたが、 初期設定でRPNが使えなくなりました 。初期設定ではALGモードと呼ばれる中置記法のモードになったのです。つまりHP社もRPNは消費者に受け入れられないと判断したのです。ただし、根強いRPN愛好家のためにRPNモードをオプションで残したのでしょう。しかし、初期設定はALGモードなのにプログラミング言語はRPNと関係の強いRPL言語のままというチグハグな感じになりました。ボタンがゴムになるなど退化した面もありました。しかも1999年になってもCPUは Saturn という4bitマイコンを搭載していました。これでは MC68000 という内部32bitのCPU(外部バスは16bit)を搭載しているTI-89シリーズよりも不利なのは当然でした。
その後、HP社に転機が訪れました。Saturn CPUを製造していたNECの技術的都合でSaturn CPUが製造できなくなったのです。しかし、HP社は保守的な選択肢を選びました。新シリーズを立ち上げるのではなく、ARM CPU上でSaturn CPUのエミュレータを動作させて既存OSを多少の修正だけで動作させる方法を選んだのです。
結局、2003年に発売された
HP 49g+
は、ARM CPUを搭載したにも関わらず、HP 49Gの改良型に留まりました。評判の悪かったゴムキーはプラスチックに変わりました。RS232CをUSBに変えたりSDCARDスロットを搭載するなど時代に合わせた変更もありましたが、画面は131×64画素から131×80画素に増えたという僅かな改良に留まりました。ARM 75MHz上で動作する Saturn CPU のエミュレータは HP 49G の Saturn CPU よりは数倍高速でしたが、常時Saturnエミュレータという無駄なソフトを動かしてARM 75MHzの性能を無駄にしているだけでした。
(注)
HP 49g+は、ARMのアセンブリ言語とHPGCCでコンパイルしたC言語のコードを実行するときだけは、Saturn CPUエミュレータを迂回して本来の性能を発揮できた。もちろんそんな機能があっても電卓としての性能が上がるわけではないが。
2006年に RPL言語を搭載した最後のグラフ電卓 HP 50g が発売されました。しかし、HP 49g+から大幅には改良されませんでした。改良点は打ちやすくなったキーボード、シリアル通信の追加、ファームウェアの機能追加程度でした。
このようにHP社が迷走している間にTI社は2004年にグラフ電卓市場独占の決定打となる教育用グラフ電卓 TI-84 Plus を発売しました。TI-84 Plus は性能的には同時期の教育用グラフ電卓 HP 39g+ と比べて一長一短程度のものでした。しかし、TI社は1990年からTI-81/82/83/83 Plus(工学向けのTI-85/86もあった)と教育市場で着実に市場専有率を高めていました。教育関係者は使用する電卓を統一しないと不便なので、市場専有率の高いTI社のグラフ電卓を選ぶのは当然の流れでした。
2007年にTI社は TI-Nspire/TI-Nspire CAS (CASなし版とCASあり版に分かれている)という高性能電卓を発売しました。一年前に発売されたHP 50gより約7.3倍も高解像度の画面(グレースケール320×240画素)を持ち、処理速度も高速(当初ARM 90MHzだが、OSの更新で120MHzになったという説もある)、操作性も機能呼出ボタンを最小限にしてGUIで操作する新しい方式を取っていました。機能ボタンだらけのHP 50gとは対照的でした。
HP 50gも ARM 75MHz とそこそこの性能のCPUを搭載していましたが、Saturn CPUエミュレータのせいで処理性能は非常に低下していました。それに比べるとTI-Nspireはそのような足かせがないのでHP 50gよりも高速に動作しました。
ちなみにCASなし版のTI-NspireにはTI-84 Plusのエミュレータが搭載されていましたが、TI-84 Plus互換モードの時だけ動作するので、性能に影響はありませんでした。
TI-Nspire CASはHP 50gより格段に進歩したものでした。HP社はもう敵わないと思ったのかHP 50gの後継機種を開発しませんでした。しかし、根強いユーザーに支えられて製造は2015年まで続きました。
TI社はTI-Nspireシリーズの改良を続けました。
2010年の
TI-Nspire with Touchpad/TI-Nspire with Touchpad CAS
はタッチパッド(方向キーの表面がノートPCのタッチパッドのようになっている)を搭載。
さらに2011年2月に
TI-Nspire CX/TI-Nspire CX CAS
を発売しました。高解像度カラー液晶(16bitカラー320×240画素)を搭載、CPUはARM 132MHz(150MHz説もある)、前機種と同様にタッチパッドを搭載しています。
CASIOもCASなし版のTI-Nspire CXに対抗して、カラー液晶画面(16bitカラー396×224画素)を搭載した Prizm fx-CG10 (これの北米以外版が fx-CG20)を TI-Nspire CX と同時期に発売しました。
HP社は2011年10月に非RPN教育用電卓 HP 39/40シリーズ の最後の機種 HP 39gII を発売しました。液晶画面はグレースケール256×128画素と向上し、ライブラリの一部はARMコードになるなど改善は見られましたが、8ヶ月前に発売された TI-Nspire CX に比べると見劣りするものでした。結局、HP 39/40シリーズもこれが最後になりました。
2013年にHP社は HP Prime というTI-Nspireシリーズへの対抗機種を出してやっとTI社に追いつきました。高解像度カラー液晶(320×240画素)を搭載し、CPUはARM 400MHzと強力です。Saturn CPUエミュレータは廃止され、CPU本来の性能を発揮できるようになりました。しかもTI-Nspireシリーズと違ってCASなし版とCASあり版に分かれていません。1台でCASなしモードとCASありモードに切替できます。
しかし、RPL言語は採用せず、PPL( Prime Programming Language )を採用しました。HP社はPascal風言語と説明しています。
HP Primeの初期設定の操作方法はテキストブック(教科書表示入力)ですが、オプションでRPNも一応使えます。ただし、CASモードだとRPNは使えません。CASなしモードでRPNが使えるだけです。
2015年にHP社はHP 50gの製造終了を発表しました。1987年から28年以上続いたRPL言語搭載電卓の歴史は幕を閉じました。
2017年2月現在、HP 50gの在庫はまだ残っているようですが、いつなくなるのか分からない状況です。
PCやスマホ用にHP 50gのエミュレータが存在するので、RPL言語はエミュレータで生き残るかもしれません。
有志によってnewRPLというRPL言語の後継言語も作られていますが、2017年2月現在でもα版という状況です。しかもHP 50gが製造されなくなったので、次の対象ハードウェアを決めないといけません。HP社のクローン電卓を作っている SwissMicros 社のハードウェアになる可能性もありますが、決定はしていないようです。
(参考ページ)newRPL : http://hpgcc3.org/projects/newrpl
以上です。