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教科書表示入力ができる電卓の歴史

先日は教科書表示入力電卓 fx-375ES の話をしました。

その後、電卓の教科書表示入力の歴史が気になったので調べてみました。
ただし、完全な個人研究なので誤りもあるかもしれませんが、そのときはご容赦下さい。

目次

最初の教科書表示入力電卓は何だったのか?

おそらくヒューレット・パッカード社(以下HP社)のHP 48SX(1990年発売)と思われます。

"The Museum of HP Calculators"のこの記事が参考になると思います。
http://www.hpmuseum.org/hp48s.htm
この記事にHP 48SXの教科書表示入力機能であるEquation Writerの記述があります。

Equation Writer

Though makers of algebraic calculators had claimed for nearly 20 years that their calculators allowed entry of expressions just as the were written on paper, this was never quite true. Early models were only vaguely "algebraic" but by the 90s most "algebraic" calculators could at least honestly claim that users could enter an expression in the way it would be typed into a compiler. The equation writer application finally allowed expressions to be entered and viewed just like they would be written on paper.

(訳)Equation Writer

中置記法式電卓(※1)のメーカーは、彼らの電卓がまさに紙に書いたように数式を入力できると20年近く主張してきたけれども、決して事実ではなかった。初期のモデルはあいまいな中置記法であったが、90年代に近づくとほとんどの中置記法電卓は少なくとも使用者がコンパイラに数式を打ち込む方法で数式を入力することができると偽りなく主張できた(※2)。Equation Writerアプリケーションはついに本当に紙に書いたように数式を入力し表示できることができるようになった。

(※1)"algebraic calculator"を直訳すると「代数的電卓」になるが、ここでは代数的=中置記法式のことである。
(※2)プログラム機能で数式を入力できるということと思われる。

中置記法とは我々が学校教育で学ぶ数式の記法のことです。つまり中置記法式電卓=普通の電卓です。

RPN電卓(逆ポーランド記法電卓)を使っている人からすると区別する必要があるからこのような言い方をします。"The Museum of HP Calculators"はHP電卓信者(RPN電卓信者)のWebページなので、中置記法式電卓を見下した感じの表現になっています。

しかし、上の文章が事実だとすると、HP 48SXのEquation Writerが教科書表示入力を最初に実現したということになります。

ただし、HP 48SXのEquation Writerには欠点もありました。

HP 48シリーズのEquation Writerの遅さについては以下のような英語の掲示板の書込があります。

http://www.hpmuseum.org/cgi-sys/cgiwrap/hpmuseum/archv021.cgi?read=243153

"why does EquationWriter on hp48 run so slow? It's based on a 2/4 MHz CPU. fx-991es has a 500 kHZ CPU but it runs smoothly."

(訳)どうしてhp48(シリーズ)の EquationWriter はこんなに遅いんだ?2MHz/4MHzのCPUで動いているのに。CASIO fx-991esは500kHzのCPUなのに滑らかに動作しているぞ。

CASIO fx-991ESは2000年代のものなので、1990年代のHP 48シリーズが不利なのは当然ですが、かなり低速度だったのは確かなようです。

しかし、これらの欠点を踏まえてもHP社が1990年という早い時期にこの機能を実現したのは進歩的だったと思われます。

Equation Writerは2006年発売のHP 50gまで使われました。
ちなみにCPU性能が大幅に向上したHP 49g+/HP 50gだとEquation Writerは快適に使えます。

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最初のシームレスな教科書表示入力電卓は何だったのか?

HP 48SXのEquation Writerは1990年当時としては画期的でした。
しかし、Equation Writerを起動していると画面が切替ってそれに画面を専有されてしまい、それを終了するまで電卓の他の機能は使えません。

では、シームレス(画面切替えなし)に教科書表示入力ができるようになった最初の電卓は何でしょうか?

実は良くわかりませんでした。

少なくともグラフ電卓 SHARP EL-9300 (1992年発売)は教科書表示入力ができたようです。
以下のページによると EL-9300 で教科書表示入力ができたことは間違いないようです。

UP-C の EL-9300 のことが書かれたページ
http://www004.upp.so-net.ne.jp/upc/pc/sharp.html#EL-9300

EL-9000系グラフ電卓の発売年は以下のようになります。

EL-9000 : 1987年
EL-9300 : 1992年
EL-9300C : 1995年
EL-9200 : 1995年
EL-9200C : 1995年
EL-9400 : 1995年
EL-9400C : 1995年
EL-9600 : 1997年
EL-9600C : 2000年
EL-9900 : ?(calculator.orgによると2000年。SHARPの日本語サイトによると2005年)
EL-9950 : ?

1995年に多くの機種が発売されています。EL-9400/9400Cが上位機種、EL-9300Cが中級機種、EL-9200/9200Cが下位機種のような位置付けだったので、一挙に品種を揃えたようです。

(発売年の出典)
calculator.org
http://www.calculator.org/pages/manufacturer.aspx?make=Sharp

IT History Society : Hardware Database
Searching 'Hardware' of type 'Calculator' manufactured by 'Sharp Corporation' with release date '1987'
Searching 'Hardware' of type 'Calculator' manufactured by 'Sharp Corporation' with release date '1990-1999'

EL-9300 が最初にシームレスな教科書表示入力ができる電卓だったのかどうかは確信がありません。

ということで、 「シームレスに教科書表示入力ができるようになった最初の電卓」を特定することはできませんでした。

ただし、以下のことは明らかです。

時期は不明ですが、SHARPはグラフ電卓のシームレスな教科書表示入力技術を"Equation Editor"と名付けました(後に関数電卓の同様の技術を"WriteView"と称した)。

下の資料によると、EL-9400の"Equation Editor"が確認できます。

 Graphing Calculator EL-9400 TEACHERS’ GUIDE
 http://www.sharp-world.com/sc/excite/calculator/image/EL9400TG.pdf

さらにCASIO、テキサス・インスツルメンツがシームレスな教科書表示入力を実現したのは2000年代なので、SHARPが先行していたのは間違いないようです。

しかし、EL-9300は先ほど紹介したUP-Cのページによると、速度はかなり遅かったようです。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/upc/pc/sharp.html#EL-9300 から引用します。

>シャープ系にしては、かなり遅い。ポケコンの中でも遅いといわれる
>PC-1360Kよりも、3割くらい遅い…

ということは EL-9300 の"Equation Editor"もHP 48SXの"Equation Writer"と同様に低速度だったと思われます。

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CASIOの動向

CASIOは教科書表示入力にあまり積極的ではなかったようです。HPの"Equation Writer"もSHARPの"Equation Editor"も1990年代には速度が遅かったので、CASIOは採用を避けていたのかもしれません。

CASIOは2004年にようやくシームレスな教科書表示入力を実現した関数電卓fx-82ESを発売しました。先日紹介したfx-375ESの祖先です。
CASIOはこの技術に"Natural Textbook Display"という名前を付けました。

英語版Wikipediaによるとfx-82ESがCASIOで最初の教科書表示入力電卓と書かれています。これが正しいならCASIOの教科書表示入力対応は2004年からになります。
https://en.wikipedia.org/wiki/Casio_V.P.A.M._calculators

The fx-82ES introduced by Casio in 2004 was the first calculator to incorporate the Natural Textbook Display (or Natural Display) system.

(訳)2004年に CASIO が発売した fx-82ES は"Natural Textbook Display"(あるいは"Natural Display")システムを搭載した最初の電卓でした。

しかし、下の説明書を見るとfx-82ESは機能が多いとは言えない関数電卓であることが分かります。微積分すらできません。

 fx-82ES/83ES取扱説明書
 http://support.casio.jp/manualfile.php?cid=004004001

とりあえずシームレスな教科書表示入力ができるというだけの関数電卓です。
とはいえ、安い関数電卓で教科書表示入力ができるようになったという貢献はあったと思います。おかげで現在のfx-375ESのような安い機種でも教科書表示入力ができるのですから。

しかし、CASIOのグラフ電卓が教科書表示入力に対応したのは意外と遅くて、英語版Wikipediaによると、2009年発売の fx-9860GIIのようです。
(英語版Wikipedia)https://en.wikipedia.org/wiki/Graphing_calculator

(2017年7月13日追記)
 英語版Wikipediaが2017年4月3日に修正されて、2005年発売の fx-9860G が CASIO のグラフ電卓で最初に教科書表示入力に対応した機種ということになりました。確かにその説明書を読むと初期設定では使えないものの自然表示(教科書表示)入力のことが記述されています。

CASIOは世界最初のグラフ電卓 fx-7000G を1985年に出した割には教科書表示入力の対応は遅かったようです。

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テキサス・インスツルメンツの動向

テキサス・インスツルメンツ(以下TI社)もCASIOと同様に教科書表示入力にあまり積極的ではありませんでした。

TI社は1995年にTI-92という大型のグラフ電卓を発売しました。
この電卓は出力だけが教科書表示でした。教科書表示入力はできませんでした。入力はライン入力(電卓特有の入力)でした。

その後のTI-92 Plus(1998年)、Voyage 200(2002年)も同様でした。

さらにTI-92を小型化したTI-89(1998年)、TI-89 Titanium(2004年)も同様に出力だけが教科書表示でした。

 (参考資料)TI-89 Titanium / Voyage 200 Guidebook
 https://education.ti.com/en/guidebook/details/en/FA1DC891957E4700B46A67255850C592/89ti

何故TI社が教科書表示入力に消極的だったのかは不明ですが、前述のように1990年代の教科書表示入力は低速度だったので、ライン入力の方が高速で使いやすいという現実的な判断だったのかもしれません。

しかし、TI社もついに2007年から教科書表示入力を採用するようになりました。
TI社の最初の教科書表示入力が可能な電卓はグラフ電卓 TI-Nspire / TI-Nspire CAS(2007年2月)あるいは関数電卓 TI-30XS / TI-30XB(2007年)と思われます。

発売日が詳細には分からなかったので、どれが先なのかはよく分からないのですが、TI社も2007年から教科書表示入力を導入したのは事実のようです。
TI社はその技術に"MathPrint"と名付けました。

 (参考資料)Getting Started with the TI-Nspire / TI-Nspire CAS Handheld
 https://education.ti.com/en/guidebook/details/en/F23F9ED1939745F2A8B0DCB2F7ACF336/gettingstartedwiththeti-nspirehandheld-2

 (参考資料)TI-30XS / TI-30XB MultiView Guidebook
 https://education.ti.com/en/guidebook/details/en/50BE24C84836434485BD2E8D49374AF7/30x_mv

 

ところで、現在のアメリカ合衆国のグラフ電卓市場を独占するTI-84 Plus シリーズの初代 TI-84 Plus(2004年発売)は当初教科書表示入力ができませんでした。ところが英語版Wikipediaによると、2010年2月にTI-84 PlusのOSがOS 2.53MPに更新され、TI-84 Plusでもシームレスな教科書表示入力ができるようになりました。

2004年に発売された機種に2010年になってからシームレスな教科書表示入力を追加したのは珍しいことです。おそらくはTI-84 Plusがアメリカ合衆国の教育市場で独占的に普及していたため、TI社はその市場を失わないようにOSに教科書表示入力を追加したのでしょう。

ただし、OS 2.53MPは動作が遅くなったり、プログラム互換性の問題を抱えており、2011年1月のOS 2.55MPが出るまで解決しなかったようです。

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ヒューレット・パッカードのシームレスな教科書表示入力

先述のようにHP社は1990年のHP 48SXでおそらく世界最初の教科書表示入力機能"Equation Writer"を実現していたのですが、シームレスな教科書表示入力の対応は遅れたようです。

HP社は2011年にHP 39gIIを発売しましたが、TI-92と同様に出力だけが教科書表示だったようです。

 (参考資料)HP 39gII Graphing Calculator User Guides
 http://support.hp.com/us-en/product/hp-39gii-graphing-calculator/5154834

結局、HP社がシームレスな教科書表示入力に対応したのは2013年発売のHP Primeからのようです。

 (参考資料)HP Prime Graphing Calculator
 http://www8.hp.com/jp/ja/products/calculators/product-detail.html?oid=5367463

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まとめ

以上です。

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